激動<眠れぬ夜3>

 

ある日、義弟がやってきた。

酸素マスクを買いにいくと言ったので、理由を聞いた。

 

義母の調子が悪く呼吸が苦しいとのこと。

 

もともと糖尿病を患っていた義母は体が弱かった。

体は弱いが精神力が強すぎた。

自分がどんなに苦しくても何も言わず自分でなんとかしようと、無理してすべてを行っていた。

彼女は、昔からそうだったらしい。

 

素晴らしい職人だった彼の父親は、家ではあまり素行がよくなかった。

話を聞いて、私には耐えられないであろう酷い出来事が多々あり、何度も涙した。

それを義母は数十年耐え忍ぶ我慢の人生を送ってきた。

そこで培った精神力があだになった。

 

 

私の収入では渡せる額が限られていたので、とても苦しい生活をしていたと思う。

我慢して我慢して悪化していた。

 

 

義弟と一緒に彼が様子を見に行った時、呼吸が浅くとても苦しい様子だったそう。

 

即入院。

肺に水が溜まっていて、ガンかもしれないと検査続きの入院だった。

 

原因不明。

しかし、水を抜いて少し呼吸が楽になった義母は、少しの入院後退院した。

 

 

そしてまた肺に水が溜まり入院。

 

原因不明。

最初の病院からガン専門の病院へ転院。

 

なかなか原因がわからない。

 

二度目の転院の連絡があった時、原因がわかった。

 

 

 

『 結 核 』

 

 

転院先の医師から話を聞くまでの束の間、私達は喜んでいた。

 

 

原因がわかって、それが昔は不治の病だった結核。

今は治る病気の結核。

ガンじゃなかったから、治るね、よかったね、と。

 

 

転院先の医師の話は信じ難いものだった。

確かに結核は現代では治る病気だけれども、お義母さんは弱りすぎている。

粟粒結核といい結核菌が血液によって全身にばらまかれていて、人工呼吸器をしないと死んでしまう状態だと。

 

 

一転してどん底に突き落とされた。

 

決断を迫られたが、もちろん可能性にかけた。

 

 

しかし、2ヶ月の闘病後、義母は旅立ってしまった。

 

 

 

葬儀後、自宅に帰ってきてからの彼の慟哭には底知れぬ哀しみがあった。

 

IMG_7676

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする